イエティ捜索隊2008

 
捜索の基本戦略
 

〈捜索活動の時期と場所〉

イエティの生息中心域を季節と食の面から次のように推測している。

厳冬期の高所には採食用の植生もなく、捕食対象の動物も非常に少ない。冬期に食物を得るためには、3,000m以下の樹林帯に降りているはずである。夏期は放牧地であるが,冬期は無人地帯である。

3月下旬から4月、コーナボンの谷では、インゼルへと向う動物の足跡を多く見る。インゼルの南東側は雪解けが早く、新しい餌場となるからである。インゼルの山塊は多様な植生があり、多くの野生動物の生息地となっている。イエティもこのインゼルにいる可能性が高いと考えている。

食物の面でイエティの生息範囲を推測すれば、5,000mが上限と思われる。ちなみに6,000m付近でもイエティ現象に出会うこともある。しかし、そこは食物を得られる環境ではない。従って,常時この標高帯に生息するとは考えられない。おそらく何らかの理由で普段とは異なる一時的な行動であり,必ず食と水のあるインゼル及び南島稜北斜面に戻るはずである。

以上は、コーナボン・コーラをテリトリーとするイエティの季節的移動の予測であるが、タレジャ・コーラでも別のグループが存在し、同様な動きをしていると思われる。ただし、タレジャ・コーラは多くの支流があり、地形も複雑なため、捜索活動には適していない。我々はコーナボン・グループに的を絞るべきである。南東稜に出没するイエティは、コーナボンに棲むグループの可能性が高いからである。この仮説の根拠として、コーナボンから登山を展開した時,イエティが南東稜に現れることによる。これは大勢の人間の侵入に対しての避難行動だと思われる。問題はその避難先に人が展開する状況になっても、稜線付近にとどまっていることである。仮にこのグループのテリトリーがタレジャ・コーラを含んでおり、行動圏としているならば、人と遭遇する前に無人のタレジャ・コーラに遁走するはずである。

以上の仮説をもとに次回の捜索時期と場所を設定した。

まず、監視、捕捉、撮影と、一連の作業を効果的に行なう場所としては、低所の樹林帯より見通しの効く高所である。具体的には、南東稜4,700m5,000m間の稜線,及び両サイドの側斜面を想定している。この範囲はこれまでもたびたび出没している上に、コーナボン・コーラのインゼル基部にキャンプを設置した時に南東稜に現れる傾向がある。これはひとつの行動習性と考えることができる。そうであれば、同様の状況を作ることにより、イエティの移動をコントロールすることも可能となる。つまり、捕捉、撮影を予定の範囲で行なう作戦が成り立つことになる。

全体的な捜索範囲は、南東稜を中心に南側のタレジャ・コーラ上部及び北側のコーナボン・コーラ上流部とする。具体的には、両サイドの最高所の放牧地より上部(タレジャ側は前回のBC地点4,300m、コーナボンは3,450m)で、南東稜は5,000mを上限とした範囲を監視、調査対象とする。

●捜索期間  この地域の放牧、狩猟者が入山するモンスーン期

食物となり得る植生が最も高所に分布を広げるこの時期、イエティに限らず野生動物は、より高所を生息の場とする条件が整う。それは捜索活動を比較的狭い範囲に集中して行なえることでもある。その他には、調査、補給行動の安全性などを考慮すると、現場での実質的な捜索期間は8月中旬〜10月中旬となる。

●捜索時期  大半がモンスーン中であるため視界不良が続く。しかし、一日中視界を閉ざされるわけではない。むしろこれまでの目撃例はこのような天候状態の時に起きている。

〈監視活動について〉

これまでの監視は見晴らしのよい地点に登り、いつどこに現れるともしれぬイエティを見張り、一方のイエティは物陰からそこにいる人間を観察している。

実践的な監視とはどうあるべきか。理想的には相手に気付かれずに捕捉することである。しかし、野生動物であるイエティは、当然、視覚,聴覚、行動能力など、我々よりすぐれているはずであり、早々と我々の動きを把握していると思われる。

このような相手に対しては捜し回っても発見できるものではない。我々にできることは、これまでの観察データをもとに生活範囲を予測し、戦略的に対応することである(一定の出没範囲,及びなぜそこに現れるかの理由もある程度わかっている)。我々はその予測範囲に対し監視態勢をとり、相手が動き出したところを捕捉、撮影するしかない。問題はそこに潜んでいたとしても、いつ動き出すかわからないことだ。

必ず現れると信じて監視を続けることができるか、これが案外難しいのである。

次に、潜んでいるイエティはどのような時に行動するかだ。仮にイエティが大型霊長類であれば情報判断感覚は嗅覚よりも視覚となる。したがって、周辺に我々の姿が見えている間は動かないと考えられる。しかし、我々の視野の外では動き回っており、その証拠として足跡を残す痕跡は時々キャンプの近くでも発見される。もちろん、それがイエティと断定はできないが、野生動物の中にはこのような行動をする者がいる。テントの中に人間がいるとわかりそうなものだが、彼らの警戒心は人間の姿が見えるか否かが大きな要素となっているのではないだろうか。つまり、人の姿には警戒するが、反面、人の付属品であるテントや器材に対しては警戒度が低いと考えられる。なお、この行動の目的は偵察だと思われる。侵入者に対し警戒しつつも同時に恐いもの見たさ的な好奇心による行動と推測している。

以上はこれまでこの地域で起きた、いわゆるイエティ現象からイエティの行動習性を予測したものである。予測がどの程度正しいかはさておき、今後もこのような現象を体験することになると思われる。

次に、我々捜索隊はどう対応するかを考えてみたい。

2003年の作戦は、15台の自動カメラでの捕捉、撮影を試みるものであった。結果は、小動物は多数撮影されたものの、目的とするイエティはもとより他の大型獣も撮影できずに課題を残した。しかし自動カメラは依然として有効な手段であることに変わりはない。特に夜間や視界不良時の撮影には不可欠である。 

●本来の監視活動(双眼鏡、スコープによる監視と望遠レンズによる撮影)

この利点は広範な面をカバーできることである。ただし、夜間や視界不良時には通用しない。

2003年は、自動カメラに頼り過ぎていた。その分隊員による監視活動は形式的なものとなり、結果として千載一隅の撮影チャンスを逃してしまった。

はじめにも記したように、我々の監視活動は視界状態の良い時、見通しの効く地点から四方を観察することがほとんどであった。これでは相手に所在を教えるようなものである。したがって今後は全身をさらけ出しての監視は改めなければならない。また、監視活動は視界不良時も朝から夕方まで継続する必要がある。必ずガスの切れ間がある。そのための監視、撮影専用テントを設けたいと思っている。四方に窓がある小型のブラインドテントから監視と撮影を行なう。これは動物写真家の手法である。ブラインドテントは我々の姿を隠すとともに長時間の監視にも耐えられる。設置地点は南東稜Aキャンプ付近及びタレジャ側のBC西寄りの台地上の2ヵ所とする。

●南東稜での監視

出没地点に近い関係上、できるだけ目立つ行動はしたくない。そのため監視Cは居住キャンプの近くで視界の効く地点となる。その場所は居住キャンプの背後、約50mにある小ピーク上が適当だと思う。コーナボン側で捜索活動が展開すると、イエティは南東稜の稜線付近に現れる確率が高い。そのため、稜線上での行動は最小限にしたい。自動カメラのメンテナンスやBCからの補給作業など、目立つ行動はその回数を抑える工夫が重要である。

BCを起点とする監視

目的は南東稜タレジャ側側壁の監視である。イエティの中心生活圏は通常であればコーナボンだと思われる。南東稜に現れるのは、コーナボンに登山隊や捜索チームが入ったため一時的にタレジャ側斜面に隠れ場所を求める。しかしこの場合も一時的にタレジャ側に避難するだけであり、コーナボンが無人になればすぐさまコーナボンに戻るようである。重要監視範囲は稜線Cより西側の斜面からタレジャの源頭部付近となる。監視テントの設置場所はBCの西側約500mの草原台地上の適地とする。

●コーナボン・コーラ・キャンプ

コーナボンにキャンプを出す主要な目的は、インゼルを生息地とする動物が下方(下流)に向う動きを抑えること,及びインゼルの生態調査をすることである。

コーナボン・キャンプ地点はインゼルの東南基部3,450m(登山隊BC、キルティ・カルカ跡)に設置する。この地点にキャンプを出すことにより、インゼルから南下する動物に対し、ある程度の阻止効果はあると思われる。

インゼルの調査は、生態調査と同時にこの山塊に棲む動物にプレッシャーをかけ、南東稜に移動させる目的を持つ。そのため、調査は1週間程度を予定し、その間に詳細な観察を行なう。

インゼルには過去4回の捜索を行なっている。その結果、この山塊には多くの動物の生息を示すたくさんの通過痕を見ている。ただし、4,000m以下は深い草木に覆われているため、動物の姿を目撃することは期待できない。よって、インゼルの捜索は通過痕の観察と追い出しを兼ねた行動となる。これまでの捜索は通過痕を辿ることに精一杯であり、詳しく観察する状況にはなかった。

前回の捜索時にインゼルの沢筋を下降し、キャンプ地に近寄ったトレイルは、人ではないと判断している。次回も同じ地点にキャンプを設けた時、再び同じコースから接近する可能性がある。その時には何を調べるかあらかじめ手順を決めておく必要がある(フィールドワークの研究)。いずれにしろ行動は先を急ぐ必要はない。十分な日数をかけた調査が結果的にインゼル内の動物に対しプレッシャー効果となる。従ってコーナボンでの行動は目立った方がよいわけである。

●自動カメラの設置について

2003年の捜索では、コーナボンに2回キャンプを出した。いずれも短期間であったが、その際、キャンプ地の近く(100m以内)に自動カメラをセットした。これが夜間に何らかの動物を感知し作動している。10枚程度撮影されていたが、ストロボの射程内に動物の姿を確認できるものは1枚もなかった。次回はセッティングの場所や高さ等に注意する必要がある。その上で前回インゼルの沢筋からキャンプに接近したとレールを確認しているが、再びこの沢筋から近づく可能性がある。沢の入口付近にセットしたい。

コーナボンへのルートは、ドバンから入ることが理想的であるが,場合によっては前回と同様にタレジャBCから南東稜越えになる可能性もある。どちらにしても重要なことはインゼルに行動を起こすタイミングである。それは南東稜に自動カメラの捕捉ラインが完成した後となる。

インゼルの調査には十分な時間をかけて行なう。しかし、いつまでも続けるわけにはいかない。調査探索の終了後どうするかである。その時点でコーナボンから撤退した場合、せっかく南東稜に追い上げたと思われるイエティは、再びインゼルに舞い戻る可能性が高い。

●コーナボン・コーラとタレジャ・コーラ

コーナボンは,1969年に初めて登山隊が入域し,その後1975年までたびたび登山隊が入っている。それ以後はイエティ捜索チームがこれもたびたび訪れている。そのため,この谷の地形や環境はよくわかっている。反対に南東稜の南側のタレジャ・コーラは我々にとっては未知の谷であつた。しかし実際には外国人の入域例がないだけである。未開のエリアどころか、南東稜の南西向きにあるこの谷は、遠方の村里からもよく見える開かれた谷なのである。そして放牧や狩猟のため村人は古くから入っている。その放牧は、コーナボンは谷間、タレジャは主に尾根上、高所の草原台地と違いはあるが,規模の点ではタレジャ側が明らかに大きく、それだけに人間の進出も多いことになる。

それに比べると,コーナボン・コーラは人里からは全く確認できず,谷の入口自体がドバンのジャングルに隠されている。地理的な位置及び環境では、コーナボンがより原生自然的な要素を持っている。