隊員紹介

隊長  企画・戦略 東京都三鷹市上連雀
高橋 好輝(60)
TAKAHASHI Yoshiteru 

1971春  ダウラギリW峰(7661m) GHMJ隊
1975秋  ダウラギリW峰(7661m)登頂 カモシカ同人隊
1982秋  ダウラギリT峰(8167m)-ペアルート カモシカ同人隊
1994夏-秋 ダウラ・ヒマール イエティ捜索隊 隊長

 '71春のダウラギリT峰(7661m)登山以来、ヒマラヤへ行くたびに「雪男」の気配に遭遇し、いまやイエティ専門家というより学者。前回('94)の捜索で確信をもう1歩高めてしまった高橋隊長にとっては、もう「満に満を持して」の2度めの捜索となる。今回は、朝日新聞社、サントリー(株)、(株)ニコンほかの多くの皆さまの応援を得て意を強くし、「今回はツイている」、「ツイている時はすべてがうまくいくもんだ」と自信満々。
 
副隊長  ・・・あとは飲む・・・だけ! 群馬県前橋市龍蔵寺町
八木原 圀明(56)
YAGIHARA Kuniaki

1971春  ダウラギリW峰(7661m)偵察 群馬岳連隊
1972春  ダウラギリW峰(7661m) 群馬岳連隊
1975秋  ダウラギリW峰(7661m)登頂 カモシカ同人隊
1978秋  ダウラギリT峰(8167m)-南東稜 群馬岳連隊
1981春  ヤルン・カン(8505m) 登頂  HAJ隊
1982秋  ダウラギリT峰(8167m)-ペアルート カモシカ同人隊
1984春  ジチュ・ダケ(7000m)南峰登頂  HAJ隊 隊長
1984-85冬 アンナプルナT峰(8091m)  群馬岳連隊 隊長
1985夏  日中合同/黄河源流探検 HAJ隊 隊長
1985秋  サガルマータ(8848m)登頂  「植村直己物語」撮影隊 隊長
1986夏  雪宝頂(5588m) 初登頂 HAJ隊 隊長
1987-88冬 アンナプルナT峰(8091m)  群馬岳連隊 隊長
1990冬  ブラマプトラ川(川下り) HAJ隊 隊長
1991-92冬 サガルマータ(8848m)-南西壁 群馬岳連隊 隊長
1993秋  チョ・オユー(8201m)登頂 群馬岳連隊 隊長
1993-94冬 サガルマータ(8848m) 冬期南西壁初登攀 群馬岳連隊 隊長 

 多くのヒマラヤ登山経験がある。今回のグルジャ・ヒマール南東稜は、'71春の群馬岳連の偵察、'72春の本隊、'75秋のカモシカ同人で登頂と3度の経験者。行くたびに見る足跡に「雪男か、それに類する何かがいる」と信じきっている。ダウラギリはほかに主峰南東稜、北壁ペアルートの経験もある。アンナプルナ・峰南壁とサガルマータ(エヴェレスト)南西壁の冬期世界初登攀の隊長もつとめた。現在は登山界の多くの役職につき、多忙な日々を送っているが、ヒマラヤは'93〜'94冬のサガルマータ以来と、久しぶりで張り切っている。
 
装備・食糧・撮影 埼玉県越谷市南越谷
飛田 和夫(57)
TOBITA Kazuo

1976夏  カラコルム偵察
1978夏  トリスル(7120m)-南稜 初登攀 HAJ隊
1981春  ヤルン・カン(8505m)-南面登頂 HAJ隊 
1983夏  ヌン(7135m)西稜 
HAJ隊 隊長
1984夏  玉龍雪山(5596m)-北東稜 
HAJ隊 隊長
1985夏  K2(8611m)南東稜 隊長
1986秋  ギャラ・ペリ(7151m)-南西稜 
HAJ隊 隊長
1987夏  ゲニ(6204m)-南東稜 
HAJ隊 隊長
1987-88冬 K2(8611m)偵察 
HAJ隊 隊長
1988秋  ガッシャーブルムU(8035m)  
HAJ隊 隊長
1989冬  マッキンリー(山田隊)捜索隊
1994夏  ムスターグ・アタ(7546m)-西稜登頂 
HAJ隊 隊長
1995春  ブルダール・ピーク(5600m) 
HAJ隊
1995夏  キンヤン・キッシュ(7852m) 北面-東壁 
HAJ隊 隊長
1996夏  キンヤン・キッシュ(7852m) 西面-東壁 
HAJ隊 隊長 
1997夏  ニンチン・カンサ(7206m) -南東稜 
HAJ隊 登頂
1998-99冬 ヒウンチュリ(6441m) 単独
1999夏  キンヤン・キッシュ(7852m) 北峰-北稜 
HAJ隊 隊長
2000春  ナヤ・カンガ(5864m) 単独登頂 
HAJ隊
2000夏  K2(8611m) -南南東稜 
HAJ隊 
2001秋  チョー・オユー(8201m) 
HAJ隊
2001-02冬 ローツェ(8516m) -南壁 HAJ隊

2002秋  キリク谷無名峰(5600m)  初登頂 
HAJ隊 隊長

 ヒマラヤ通いは'78年のトリスル以来25年。ODAの仕事で、カンチェンジュンガの想い出の残るダンクタの事務所兼宿舎に常駐し、電話工事に従事した。キンヤン・キッシュ(パキスタン・7852m)が好きで、通い続けること今年で4回目。しかし「頂上は落としたくない」らしく、今年も登らず。真のヒマラヤ好きとはこういう人をいう? 帰国当日がイエティ隊の壮行会。翌日から雪男捜しの準備に走り回ることになる。そしてまた2ヶ月も遊ぶことができる。
 
撮影・輸送 東京都調布市国領
村上 和也(48)
MURAKAMI Kazuya

1981秋  ドルジェ・ラクバ(6996m) HMC隊
1982秋  ダウラギリT峰(8167m)-ペアルート カモシカ同人隊
1982冬  マナスル(8163m) HAJ隊
1983秋  ローツェ(8516m)登頂 カモシカ同人隊
1983冬  エヴェレスト(8848m)登頂 カモシカ同人隊
1985夏  K2(8611m)登頂 HAJ隊
1985秋  エヴェレスト(8848m) 「植村直己物語」撮影隊
1987冬  マッキンリー(山田隊)捜索隊
1994夏-秋 ダウラ・ヒマール  イエティ捜索隊

 前回も参加し、尾根上で土の上につけられた小さいが、鮮明な足跡を発見している。今回はそのために足型用の石膏も用意した。体力は抜群。'85年の映画「植村直己物語」撮影隊では、酸素器具が故障で不足し、登頂を辞退してエヴェレストのサウスコルで待機していた。登頂後A南峰直下で動けなくなってビヴァークしていた隊員と、彼に付き添った隊員を救助しに夜を徹して登り、無事2人を救出(付き添い隊員は足指10本を切った)した。ローツェ、冬期エヴェレスト、K2の登頂者で、ほかに8000m峰登山の経験も多い。
 
通信・ネパールでの準備すべて! ネパール・カトマンズ市
古山 伸子(46)
KOYAMA Nobuko
 '78年に初めてネパールを訪れ、トレッキングに目覚める。数度のトレッキング経験の後、夫のカトマンズ/トランス・ヒマラヤン・ツアー社への赴任に伴い'01年より今日に至るまでネパールに在住。この間、ムスタン、ソルクーンブ地方などの経験多数。ネパール語も上達し、現地での準備を一手に引き受けている。頼りがいのある存在。前回('94)の隊員であった夫・古山和彦は今回はカトマンズでの留守番役。
 
撮影 東京都板橋区赤塚新町
佐藤 修史(35)
SATO Osafumi 

1992   トムール(7435m)
学生時代は探検部に所属。朝日新聞記者(アエラ担当)

 ヒマラヤの経験は中国のトムール(7435m)。ネパールは初めてとあって、楽しみ尽くすつもり。今回はイエティの記事を書いた(AERA/朝日新聞社)のが縁で、結局は本人が行くことになった。仕事の都合上、長期休暇をとることがむずかしいところ、上司、同僚の理解で1ヶ月の休暇をなんとか許されての参加。短い準備期間の間に持ち前の行動力で難題を次々にクリア。頼もしいことこの上なし。今回のチャンスを生かして活躍のフィールドも拡がるだろう。今後が楽しみである。
 
装備・食糧 神奈川県川崎市高津区明津
志村 真由美(31)
SHIMURA Mayumi

1995 カラパタール(5545m)
2000 ビロードピークBC(4900m)
2000 アンナプルナ トロンパス(5416m)
2001 ニンチン・カンサ(7206m)
2002 アコンカグア(6960m) 登頂
2003 マッキンリー(6194m) 登頂

 マッキンリー(アメリカ 6194m)登山を終えて帰国したその日の今年6月末に、初対面の高橋隊長から「参加しろ」と強迫(?)されて参加することに。ニンチンカンサ(7206m),アコンカグア、エルブルースなども登り、アンナプルナ一周やカラパタールなど、海外の登山、トレッキング経験も多い。あまりモノに動じないのがいい。大学卒業後勤務していた企業は登山のために退職。本職があって忙しい隊員ばかりの中で、雑用を一手に引き受け、みごとにこなしている。ちなみに、捜索隊としては「かわいい雪女をエサに雪男をおびき出そうとしている」のではありません!