イエティ探検の歴史
 イエティの棲む谷

 その谷、コーナボン・コーラは険しい峡谷と深いジャングルの奥にある。環境的にはヒマラヤ南面の特徴である、夏涼しく、冬は比較的温暖な条件にあるため、豊かな動植物相が残されている。

 この谷に外国人が入った記録は1969年、当時未踏峰であったダウラギリ峰(7661m)を目指した登山隊が最初である。以来、1975年に初登頂されるまで、6隊以上が訪れている。その間この谷では未知の動物との遭遇や目撃、不思議な足跡の発見が立て続けにおこった。

 未知の動物との遭遇 −ムムコーナボン・コーラにおける−

●1971年プレ・モンスーン/GHMJ隊
南東稜C2(5100m)地点、距離約15m先の雪稜上に、そのサルでもクマでもない動物は2本足で立っていた。身長約150cm、肩まで届く長い頭髪。

●1974年英国隊
隊員とシェルパ7〜8名でC1(4600m)に向けての行動の途中、その動物と遭遇する。シェルパはパニック状態となるが、隊員のロジャーは16mmカメラで撮影を試みる(失敗)。

 このような未知の動物との遭遇情報は、サル、またはクマを誤認視したとする意見もある。確かにコーナボンの谷間にはヒマラヤラングール(猿)及びヒマラヤグマが生息している。しかし、この動物はこれらではないと言える。何よりもシェルパはヒマラヤラングールもヒマラヤグマもよく知っており、少なくともパニックを起こすようなことはない。同様に、登山者もヒマラヤグマがどのような姿形をしているかくらいは知っている。やはり、サルやクマとは異なる動物に出会ったと思われる。
 イエティ捜索チームの入山

 1975年以降、コーナボンを訪れる登山隊はなく、代わってこの谷はイエティ捜索を目的としたチームを迎えることとなった。

*1975/モンスーン  鈴木紀夫
南東稜コーナボン側斜面(4200m)付近に子連れ5頭の類人動物を望遠観察する。

*1975/ポスト・モンスーン  カモシカ同人隊
南東稜稜線上4650mに小型の足跡を発見、さらに内院氷河上5600mにて約25cmの足跡を発見する。
 人間に似た足跡

 1994年、新たに編成した「1994イエティ捜索隊」がコーナボンに入る。最新の光学機材を備え、これまでにない広範囲にわたる調査を行なった。

 南東稜4750m地点で発見した足跡は、風化岩が砂状化した部分に約1.5cmの深さにプリントされていた。この種の足跡は、この付近で4例目の発見である。特徴としては、サイズが約18cmとやや小型ながら、形状は人間の足跡にそっくりであった。ロコモーションは、踵からつま先まで接地して歩行する蹠行性のものである。さらに、この足跡は浅いながら土踏まずのアーチも認められた。小さな人間に似たこのような足跡は、古くから観察例がある。

 1954年、英国「デイリー・メイル雪男探検隊」はこの種の足跡を数多く発見している。しかし、同隊の動物学者にもこの足跡の正体は不明であった。少なくともヒマラヤグマのものではないと判断している。また、南東稜にもこのような足型を残す動物が存在している。状況的には過去に3回この南東稜で目撃されている未知の動物との関連が濃厚と考えられる。