日本人のエベレスト (チョモランマ)登頂者一覧
 

2013年6月13日更新

 

死亡 

回数 

氏  名

年齢

登山隊名

ルート

備   考

1

25

1970.05.11

 

   

松浦 輝夫

35

日本山岳会

南東稜

日本人初登頂

2

26

1970.05.11

 

 

植村 直己*

28

日本山岳会

南東稜

日本人初登頂 1984.2.13冬季マッキンリーで遭難死

3

27

1970.05.12

 

 

平林 克敏

35

日本山岳会

南東稜

日本人初登頂

4

37

1973.10.26

 

  

石黒

28

第2次RCC

南東稜

秋季世界初

5

38

1973.10.26

 

 

加藤 保男*

24

第2次RCC

南東稜

秋季世界初

6

39

1975.05.16

 

 

田部井 淳子

35

女子登攀クラブ

南東稜

女性世界初

7

105

1980.05.03

 

2

加藤 保男*

31

日本山岳会

北稜

中国側から外国人初

8

106

1980.05.10

 

 

重広

32

日本山岳会

北壁

北壁世界初

9

107

1980.05.10

 

 

尾崎

27

日本山岳会

北壁

北壁世界初

10

135

1982.12.27

×

3

加藤 保男*

33

日本冬季隊

南東稜

冬季日本初 帰路遭難死(強風による転落?)

11

147

1983.10.08

 

 

川村 晴一

35

山学同志会

南東稜

日本人無酸素初

12

148

1983.10.08

 

 

鈴木 昇己

30

山学同志会

南東稜

日本人無酸素初

13

149

1983.10.08

 

 

遠藤 晴行

33

イエティ同人

南東稜

日本人無酸素初

14

150

1983.10.08

×

 

吉野 寛*

33

イエティ同人

南東稜

日本人無酸素初帰路遭難死 (急性高山病)

15

151

1983.10.08

×

 

禿 博信*

31

イエティ同人

南東稜

日本人無酸素初帰路遭難死 (急性高山病)

16

155

1983.12.16

 

2

尾崎 隆*

31

カモシカ同人

南東稜

2011.5.12エベレストで遭難死(突然死)

17

156

1983.12.16

 

 

山田 昇*

33

カモシカ同人

南東稜

 

18

157

1983.12.16

 

 

村上 和也

28

カモシカ同人

南東稜

 

19

199

1985.10.30

 

 

八木原 圀明

38

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

20

200

1985.10.30

 

2

山田 昇*

33

植村直己物語撮影隊

南東稜

無酸素

21

201

1985.10.30

 

 

阿久津 悦夫

47

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

22

202

1985.10.30

 

 

木本

29

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

23

203

1985.10.30

 

 

名塚 秀二*

30

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

24

204

1985.10.30

 

 

三枝 照雄*

28

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

25

205

1985.10.30

 

 

佐藤 光由

24

植村直己物語撮影隊

南東稜

 

26

212

1988.05.05

 

3

山田 昇*

38

日本山岳会

北稜-南東稜

1989.2.23冬季マッキンリーで遭難死(強風による転落)

27

218

1988.05.05

 

 

山本 宗彦

28

日本山岳会

北稜

 

28

219

1988.05.05

 

 

中村 *

42

日本山岳会

北稜

2008.10.01クーラカンリで遭難死(雪崩)

29

220

1988.05.05

 

 

中村 省爾*

45

日本山岳会

北稜

国内にて病死

30

221

1988.05.05

 

2

三枝 照雄*

30

日本山岳会

北稜

1989.2.23冬季マッキンリーで遭難死(強風による転落)

31

276

1989.10.13

 

 

三谷 統一郎

33

カトマンズクラブ

南東稜

 

32

277

1989.10.13

 

 

大西 宏*

27

カトマンズクラブ

南東稜

1991.10.16ナムチェバルワで遭難死(雪崩)

33

278

1989.10.13

 

 

山本

27

カトマンズクラブ

南東稜

 

34

384

1991.05.27

 

 

貫田 宗男

40

個人(貫田・二上)

北稜

 

35

385

1991.05.27

×

 

二上 純一*

39

個人(貫田・二上)

北稜

帰路山頂付近で遭難死(転落)

36

609

1993.12.18

 

2

名塚 秀二 

39

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初

37

610

1993.12.18

 

 

後藤 文明

28

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初

38

611

1993.12.20

 

 

田辺 治*

32

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初
2010.9.28ダウラギリで遭難死(雪崩)

39

612

1993.12.22

 

 

江塚 進介

32

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初

40

613

1993.12.22

 

 

尾形 好雄

45

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初

41

614

1993.12.22

 

 

星野 龍史*

26

群馬山岳連盟

南西壁

冬季南西壁世界初 2001.10ダウラギリで遭難死(雪崩)

42

615

1994.05.08

 

 

鈴木 清彦

37

愛知学院大学

南稜

 

43

616

1994.05.08

 

 

熱田

27

愛知学院大学

南稜

 

44

638

1994.05.13

 

 

石川 富康

57

愛知学院大学

南東稜

 

45

658

1994.10.10

 

2

貫田 宗男

43

宮原・貫田隊

南東稜

 

46

667

1995.05.11

 

 

井本 重喜

32

日本大学

北東稜

北東稜世界初

47

668

1995.05.11

 

 

古野

33

日本大学

北東稜

北東稜世界初

48

766

1996.05.10

×

 

難波 康子*

47

アドベンチャーコンサルタンツ

南東稜

帰路サウスコルで遭難死(悪天でキャンプに戻れず)

49

776

1996.05.11

 

 

花田 博志

36

福岡チョモランマ隊

北稜

 

50

777

1996.05.11

 

 

重川 英介

21

福岡チョモランマ隊

北稜

 

51

781

1996.05.13

 

 

菊池 守

40

福岡チョモランマ隊

北稜

 

52

782

1996.05.13

 

 

杉山 洋隆*

40

福岡チョモランマ隊

北稜

1999.8.10バツーラT峰で 遭難死(雪崩) 

53

791

1996.05.17

 

 

竹内 洋岳

25

立正大学

北稜

 

54

810

1996.05.21

 

 

山崎 幸二

41

立正大学

北稜

 

55

937

1998.05.18

 

 

中島 俊弥

33

昭和山岳会

北稜

 

56

938

1998.05.18

 

 

阿部二 

34

昭和山岳会

北稜

 

57

942

1998.05.18

 

 

倉橋 秀都

38

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

58

943

1998.05.18

 

 

佐藤

44

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

59

944

1998.05.18

 

 

永田 幸一

40

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

60

945

1998.05.18

 

 

坂本 正治

38

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

61

946

1998.05.18

 

 

橋本

45

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

62

953

1998.05.19

 

 

上村 博道

45

昭和山岳会

北稜

 

63

954

1998.05.19

 

 

小野寺

33

昭和山岳会

北稜

 

64

963

1998.05.20

 

 

村口 徳行

41

テレビ朝日撮影隊

北稜

 

65

964

1998.05.20

 

 

澤田

28

テレビ朝日撮影隊

北稜

 

66

970

1998.05.20

 

 

矢野 利明

45

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

67

971

1998.05.20

 

 

川原 慶紀

57

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

68

997

1998.05.22

 

 

近藤 和美

56

日本勤労者山岳連盟

北稜

 

69

1028

1998.05.25

 

 

素美代

30

ヒマラヤン・エクスペリアンス

北稜

 

70

1106

1999.05.13

 

 

野口

25

コーカサス99

南東稜

 

71

1147

1999.05.27

 

 

小塚 和彦

39

ヒマラヤン・エクスペリアンス

北稜

 

72

1196 2000.05.17

 

 

江崎 幸一 48 北海道山岳連盟

北稜

 

73

1197 2000.05.17

 

 

工藤 寛 48 北海道山岳連盟 北稜

 

74

1198 2000.05.17

 

 

高橋 留智亜 34 北海道山岳連盟 北稜

 

75

1209 2000.05.17

 

 

松本 伸夫  34 法政大学 北稜

 

 

1210 2000.05.17

 

 

ロマン ロゼンバウム 34 法政大学 北稜

オーストラリア国籍 

76

1213 2000.05.17

 

 

八嶋 寛 50 東北地区海外登山研究会 北稜

 

77

1214 2000.05.17

 

 

保坂 昭憲 52 東北地区海外登山研究会 北稜

 

78

1215 2000.05.17

 

 

児玉 隆司  43 東北地区海外登山研究会 北稜

 

79

1218 2000.05.18

 

 

萩尾 雄二 28 法政大学 北稜

 

80

1234 2000.05.19

 

 

山本 俊雄 63 法政大学 北稜

 

81

1237 2000.05.19

 

 

今野  一也  61 東北地区海外登山研究会 北稜

 

82

1238 2000.05.19

 

 

小林 重一 45 東北地区海外登山研究会 北稜

 

83

1239 2000.05.19

 

 

田中 敏雄 44 東北地区海外登山研究会 北稜

 

84

1240

2000.05.19

 

 

山下 健夫 

51

東北地区海外登山研究会

北稜

 

85

 

2001.05.23

 

 

石川 直樹 23

ヒマラヤン・エクスペリアンス

北稜

 

86

 

2002.05.16

 

 

渡邉 玉枝 63 雪豹クラブ 南東稜  

87

 

2002.05.16

 

2

村口 徳行 45 雪豹クラブ 南東稜

 

88

 

2002.05.17

 

 

山田 淳 23 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜

 

89

 

2002.05.17

 

 

宮崎 勉 54 桐生山岳会隊 北稜

 

90

 

2002.05.17

 

2

石川 富康  65 桐生山岳会隊 北稜  

91

 

2002.05.17

  

  

長見 重能 35 札幌中央勤労者山岳会  北稜

 

92

 

2002.05.25

  

  

田村 真司 35 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜

ガイド

93

 

2002.05.25

  

  

佐藤 信二 51 札幌中央勤労者山岳会  北稜

 

94

 

2002.05.25

  

  

野口 光二 54 札幌中央勤労者山岳会  北稜

 

    2003.05.20  

2

フィリップ グリニェール 49 イエティ同人 北稜 シャモニ在住フランス国籍

95

  2003.05.20     大河内宏幸 25 イエティ同人 北稜  

96

  2003.05.21     荒木 富美雄 53 マウンテンゴリラ 北稜 ガイド

97

   2003.05.21       安村 淳 56 マウンテンゴリラ 北稜 ガイド  

98

   2003.05.22       谷川 太郎 36 東京農業大学エベレスト・ローツェ環境 南東稜  

99

  2003.05.22     長久保 浩司 35 東京農業大学エベレスト・ローツェ環境 南東稜  

100

  2003.05.22     吉田 裕一 33 東京農業大学エベレスト・ローツェ環境 南東稜  

101

  2003.05.22     山村 武史 20 東京農業大学エベレスト・ローツェ環境 南東稜 日本人最年少

102

  2003.05.22     廣瀬 健太 34 東京農業大学エベレスト・ローツェ環境 南東稜  

103

  2003.05.22     高畠 聡 38 イエティ同人 北稜  

104

  2003.05.22     田中 基喜 55 イエティ同人 北稜  

105

  2003.05.22     泉田 清幸 54 イエティ同人 北稜  

106

  2003.05.22     三浦 雄一郎 70 ミウラ・エベレスト 南東稜  

107

  2003.05.22     三浦 豪太 34 ミウラ・エベレスト 南東稜  

108

  2003.05.22  

3

村口 徳行 46 ミウラ・エベレスト 南東稜  
109   2004.05.20     高橋 和夫 47 アドベンチャーガイズ 北稜  
110   2004.05.20 ×   大田 祥子* 63 アドベンチャーガイズ 北稜 帰路セカンドステップで遭難死(突然死)
111   2004.05.20     近藤 謙司 41 アドベンチャーガイズ 北稜 ガイド
112   2004.05.20     河野 千鶴 子* 57 シェルパ・サミット・トレック・アンド・マウンティニアリング 北稜 2013.5.23ダウラギリT峰で遭難死(凍死)
113   2004.05.20     久末 眞紀子  55  シェルパ・サミット・トレック・アンド・マウンティニアリング 北稜  
114   2004.05.23     斎藤 鐘吉 49 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜  
115   2004.05.23     田村 俊彦 45 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜
116   2004.05.23     倉岡 裕之 42 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜 ガイド 
117   2004.05.24     渡辺 大剛 22 アルパイン・アッセント・インターナショナル 南東稜  
118   2004.05.24  

4

村口 徳行 47 雪豹クラブ 南東稜  
119   2005.05.27     奥田 仁一 38 奥田・加藤登山隊  北稜  
120   2005.05.27     加藤 慶信* 29 奥田・加藤登山隊 北稜 無酸素で登頂したが帰路酸素を使用 
121   2005.05.27     竹内 敬一 50 個人  北稜  
122   2005.05.31     児玉 毅 30 チーム・ホンダ 南東稜  
123   2005.05.31     岩崎 圭一 32 ドリーム・エベレスト 南東稜 海抜0mから徒歩で登頂
124   2005.05.31   2 井本 重喜 42 チーム・ホンダ 南東稜  
125   2005.06.05      島田 智恵子 53 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜   
126   2006.05.15   2 山下 健夫 57 個人 北稜  
127    2006.05.17     山田 公史郎  34 アドベンチャーガイズ 北稜  
128   2006.05.17   2 近藤 謙司 43 アドベンチャーガイズ 北稜 ガイド 
129   2006.05.17     荒山 孝郎 70 アドベンチャーガイズ 北稜  
130   2006.05.17     小川 誠 66 アドベンチャーガイズ 北稜  
131   2006.05.17     谷嶋 真一 32 栃木ヒマラヤ研究会 北稜  
132   2006.05.17     北村 誠一 39 栃木ヒマラヤ研究会 北稜  
133   2006.05.17     上小牧 憲寛 46 栃木ヒマラヤ研究会 北稜  
134    2006.05.17     遠藤 博隆 55 栃木ヒマラヤ研究会 北稜  
135    2007.05.15     大山 光一 58  個人 北稜  
136   2007.05.15     坪井 泉 38 マウンテンゴリラ 北稜  
137   2007.05.15     大蔵 喜福 56 アドベンチャーガイズ 北稜 ガイド 
138   2007.05.15    2 野口 健 33 野口健チョモランマ清掃 北稜  
139   2007.05.15     平賀 淳 28 野口健チョモランマ清掃 北稜  
140    2007.05.15 ×   石井 伸一* 63  アドベンチャーガイズ 北稜 帰路三角雪田下部で遭難死(突然死)
141   2007.05.15     東條 利文 56 アトラストレック 北稜  
142   2007.05.16     谷口 けい 34  野口健チョモランマ清掃 北稜  
143   2007.05.22     小林 佑三 24 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜  
144    2007.05.22     芳田 猛則 58 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜  
145   2007.05.22     柳沢 勝輔 71 ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜  
146   2007.05.22   2 倉岡 裕之 45  ヒマラヤン・エクスペリアンス 北稜 ガイド 
147   2008.05.24     藤森 幹仁 68 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜  
148   2008.05.24     増田 義人 60 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜  
149   2008.05.24     角谷 道弘 44 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜 ガイド
150   2008.05.24   2 加藤 慶信* 32 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜 ガイド 2008.10.01クーラカンリで遭難死(雪崩)
151   2008.05.26   2 三浦 雄一郎 75 ミウラ・エベレスト 南東稜  
152   2008.05.26     五十嵐 和哉  48 ミウラ・エベレスト 南東稜  
153   2008.05.26   5 村口 徳行 51 ミウラ・エベレスト 南東稜  
154   2009.05.18     田中 康典 57 神奈川大学 北稜  
155   2009.05.18     宮守 健太 28 神奈川大学 北稜  
156   2009.05.21     篠崎 純一 45 アドベンチャーガイズ 南東稜  
157   2009.05.21     本多 哲夫 52 アドベンチャーガイズ 南東稜  
158   2009.05.21     田 邦秀 51 アドベンチャーガイズ 南東稜  
159   2009.05.21     新井 誠 58 アドベンチャーガイズ 南東稜  
160   2009.05.21   3 近藤 謙司 46 アドベンチャーガイズ 南東稜 ガイド
161   2009.05.23   3 倉岡 裕之 47 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜 ガイド
162   2009.05.23   2 芳田 猛則 60 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜  
163   2009.05.23   2 田村 真司 42 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜 ガイド(スイス在住)
164   2009.05.23   2 齋藤 鐘吉 54 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜  
165   2009.05.23     滝口 清美 60 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜  
166   2010.05.22   4 倉岡 裕之 48 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜 ガイド
167   2010.05.22     安形 俊久 35 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜  
168   2010.05.22   2 角谷 道弘 46 エベレスト・ガイド登山隊 南東稜 ガイド
169   2010.05.24 ×   小笠原 寛* 63 ロールワリン・エクスカージョン 北稜 帰路8300m付近で遭難死(突然死)
170   2011.05.20     木元 正均 56 中国チベット聖山探検公司隊 北稜  
171   2011.05.20   2 石川 直樹 33 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜  
172   2011.05.20   3 田村 真司 44 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜 ガイド(スイス在住)
173   2011.05.20   5 倉岡 裕之 49 インドネシア隊 南東稜 ガイド
174   2011.05.20     平岡 竜石 42 平岡ガイド隊 南東稜 ガイド
175   2011.05.20     田路 繁男 68 平岡ガイド隊 南東稜  
176   2011.05.25     廣瀬 学 44 NHKグレートサミッツ撮影隊 南東稜  
177   2011.05.25   6 村口 徳行 54 NHKグレートサミッツ撮影隊 南東稜  
178   2011.05.25     高橋 克昌 41 NHKグレートサミッツ撮影隊 南東稜  
179   2011.05.25     田村 幸英 39 NHKグレートサミッツ撮影隊 南東稜  
180   2011.05.25   2 山村 武史 28 NHKグレートサミッツ撮影隊 南東稜  
181   2011.05.26     川崎 久美子 35 アドベンチャーガイズ 南東稜  
182   2011.05.26   4 近藤 謙司 48 アドベンチャーガイズ 南東稜 ガイド
183   2011.05.26     平出 和也 32 アドベンチャーガイズ 南東稜 TV撮影 
184   2012.05.19   2 渡邉 玉枝 73 エイシアントレッキング 北稜 女性世界最高齢登頂 73歳
185   2012.05.19   7 村口 徳行 55 エイシアントレッキング 北稜 日本人最多登頂 7回
186   2012.05.25   2 大山 光一 63 大山光一エベレスト登山隊 南東稜  
187   2013.05.18     渡邊 直子 31 セブンサミット・トレックス 南東稜  
188   2013.05.19     稲吉 佑紀 30 セブンサミット・トレックス 南東稜  
189   2013.05.20     ナカムラヨシハル エイシアントレッキング 北稜  
190   2013.05.20     楠 忠樹 69 アドベンチャーガイズ 南東稜  
191   2013.05.20     郡山 裕之 56 アドベンチャーガイズ 南東稜  
192   2013.05.20   5 近藤 謙司 50 アドベンチャーガイズ 南東稜 ガイド エベレスト・ローツェ連続登頂
193   2013.05.20     徳田 進之介 33 アドベンチャーガイズ 南東稜 エベレスト・ローツェ連続登頂
194   2013.05.23   4 田村 真司 46 ヒマラヤン・エクスペリアンス 南東稜 ガイド(スイス在住)
195   2013.05.23   3 三浦 雄一郎 80 ミウラ・エベレスト 南東稜 世界最高齢登頂 80歳
196   2013.05.23   2 三浦 豪太 44 ミウラ・エベレスト 南東稜  
197   2013.05.23   6 倉岡 裕之 51 ミウラ・エベレスト 南東稜  
198   2013.05.23   2 平出 和也 33 ミウラ・エベレスト 南東稜  

 

 

 

              

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 *印= 故人20人(8人がエベレストで登頂後遭難死、11人が他の山で遭難死、1人が国内で病死)

・日本人 ルート別登頂者 のべ数
 (ネパール側:97人)南東稜=89人南稜(初登攀)=2人 、南西壁(冬季初登攀)=6人
 (中国側:101人)北稜=97人北壁 (初登攀)=2人北東稜(初登攀)=2人  

・日本人 シーズン別登頂者のべ人数
 春季=170人、秋季=18人、冬季=10人

・日本人 登頂者数
 156人(登頂者のべ人数=198人)

・日本人 男女別のべ人数
 男性183人、女性15人

・日本人 登頂者の平均年齢
 41.1才

・日本人 エベレスト遭難死者数(登頂者のみ)
 男性6人、女性2人、合計8人
   死因: 急性高山病 2人
       転落    2人
       凍死    1人
       突然死   3人

・出身国別の登頂者数(上位20か国、2011年現在)
 <出典:8000ers.com>

ネパール 2264
米国 536
中国 299
英国 264
日本 169
2013年5月末現在 198
インド 152
韓国 118
ロシア 118
フランス 95
10 スペイン 91
11 カナダ 87
12 オーストラリア 71
13 イタリア 69
14 ニュージーランド 66
15 ドイツ 50
16 スイス 49
17 メキシコ 41
18 オーストリア 38
19 ポーランド 33
20 ノルウェイ 31
  463
合計   5104

・1953〜2013年の登頂者数
 6000人以上

・登頂に挑戦し死亡した人数
 累計206人
※1922〜52年には登頂を試みた13人が死亡


・ルート別登頂者数(2010年まで)

南東稜 2994
北稜 1973
西稜(ホ−ンバインクーロワール)
南西壁 15
西稜(完登) 13
北壁(JACルート〜ホーンバイン)
南稜 14
北東稜
80
合計 5104

世界の登頂者

 

登頂者数
2010年 543
2009年 457
2008年 423
2007年 633
2006年 493
2005年 307
2004年 337
2003年 267
2002年 159
2001年 182
2000年 14
1999年 118
1998年 121
1997年 85
1996年 95
1995年 83
1994年 51
1993年 129
1992年 90
1991年 38
1990年 72
1989年 24
1988年 50
1987年
1986年
1985年 31
1984年 15
1983年 23
1982年 18
1981年
1980年 10
1979年 18
1978年 25
1977年
1976年
1975年 15
1974年
1973年 10
1971年
1972年
1970年
1969年
1968年
1967年
1966年
1965年
1963年
1960年
1956年
1953年
合計 5112

 

エベレストに関するQ&A。よくある質問をまとめました。 

Q.エベレストの標高は複数の表記がありますがどれが正しいのですか?
A
.ネパールと中国に国境を接するエベレストは、両国が独自に測量を行いそれぞれの政府発表の標高を採用しているため 表記が異なります。ネパール政府発表8848m、中国政府発表8844.3m。一部の地図には8850mと表記されているものもありますが、これはアメリカの民間団体が独自にGPSを用いて測量した数字で 公式には認められていません。多くのヒマラヤの山頂は厚い氷河や雪で覆われているため、一番高い岩盤上の標高を計測することは困難です。常に変化する雪上の標高を測ったもの、山頂より少し下の 露岩の標高を測ったもの、岩盤までポールを突き刺して測ったもの等、異なる条件で測量されています。 

Q.エベレストを登るルートはいくつありますか?
A.
大きく分けて2つ。ネパール側南東稜ルート(1953年英国隊初登頂ルート)と中国側北稜ルート(1960年中国隊初登攀ルート)。97%の登山者はこの2つの初登ルートから登山を試みます。その他、ネパール側の南西壁ルート、中国側の西稜ルート、北壁ルート、東壁ルート、北東稜ルートなどから登られています。 

Q.エベレストにはいくつもの呼び方がありますがどれが正しいのですか。
A.
エベレストを望むネパール・クーンブ地方や中国チベット地方では昔から「チョモランマ」と呼んでいました。インド測量局は1852年世界最高峰を発見しましたが現地名を発見出来ず長官の英国人ジョージ・エベレストから「エベレスト」と命名しました。後にネパール政府が「サガルマータ」、中国政府が「チョモランマ」を正式名としました。したがって「エベレスト」は公式名ではなく一般名です。 

Q.エベレストの登山シーズンは?
A.
夏はモンスーンの影響で6千メートル以上では大量の降雪があり登山はできません。冬は摂氏マイナス50度以下、100m/秒ものジェット気流が当たりますのでたいへん困難です。
一般に4〜5月の春(プレモンスーン)の時期は天候が安定するので登山に最適です。9〜10月の秋(ポストモンスーン)も天気が安定しますがその期間が春に比べると短いので少々困難になります。

Q.1年間に何人の人が登頂しますか?
A.2013年春、ネパール側、中国側あわせて
500人前後が登頂に成功しています。

Q.エベレストを登るために必要なことは?
A.
登山料(ネパール観光省に収める税金の類) は1人あたり1万ドル。商業公募隊が1人当たり3万〜12万ドル程度で募集していると言われています。
高度な登山技術は不要です。中高年になって登山を始めた方でも多くの人が登頂に成功しています。1ヶ月間以上5千メートル以上の高所にテントで滞在します。高所での体力、持久力等は高所トレーニングでしか獲得出来ないので事前に6千メートル峰とさらにチョオユー
8201mやマナスル8163m等比較的易しい8千メートル峰に登ってトレーニングを積む必要があります。 

Q.エベレストに登るための装備は?
A.
日本の3千メートル級の冬山を登ること が出来る装備に、高所用ダウンジャケットと低温・低酸素にたえる高所靴やダウンミトンが必要です。8千メートル以上では酸素ボンベを使用します。

Q.エベレスト登山の食事は?
A.
ベースキャンプでは専属のコックが料理しますので、食材さえ準備すれば日本食他何でも食べることができます。上部キャンプでは登山用のフリーズドライ食品やカップ麺など。高所では1日に4リットル以上の水分をとらないと脱水になる恐れがあるため、上部キャンプではテントの中で常に雪から水を作る作業が必要です。 

Q.エベレスト登山で注意すべき点は?
A.
@=天候、A=高度馴化(高山病)、B=アイスフォールの崩落(ネパール側)、C=雪崩、D=凍傷
@サミットプッシュは登頂の4〜5日前にベースキャンプを出発するため気象予報は1週間先の情報が必要になります。猪熊氏のようなヒマラヤ専門の気象予報士が情報を出してくれますが、好天が予想されると登山者が極度に集中 し、渋滞が発生するため時間や日程をずらすことも考慮する必要があります。AB高度馴化はかつてはキャンプ間を何度も往復することで獲得してきましたが、エベレスト特有のアイスフォールのリスクから別の山で馴化する戦術も増えています。Cネパール側は西稜から、中国側はノースコル直下から雪崩が発生することがあ ります。降雪中、降雪直後はあらゆる斜面から雪崩が発生する恐れがあります。 D高所は低温、強風だけでなく低酸素が原因で凍傷のリスクが高まります。
 

Q.エベレスト山頂には、何人ぐらい立てるのか?
A.
30人前後。山頂は雪稜上なので、実際には山頂の10mぐらい下あたりで記念撮影をしたり、石を拾ったりします。 山頂には測量ポールがあり、シェルパ達が残したタルチョ(チベット仏教の5色の旗)がたくさん残されています。現在ではこのポールと一緒に写真撮影することで登頂の証明とすることがあるようです。

Q.具体的にどこに連絡すれば登山隊に参加出来ますか?
A.
近藤謙司ガイド率いるアドベンチャーガイズ社、倉岡裕之ガイド/田村真司ガイドがサポートする国際隊HIMEX(ヒマラヤン・エクスペリエンス)社等がガイド登山を行ってい ます。アメリカ、EU他ネパールのシェルパが主催する商業公募隊も多数ありますが、 サービス内容、クオリティーは様々なのでよく調べる必要があります。

Q.最近中国側ルートから登山をする外国人が少ないようですが?
A.チベットの政治的情勢がたびたび悪くなるので突如外国人を入域禁止にする場合があります。商業公募隊はそのリスクを嫌がってネパール側に集中してしまいました。小規模な登山隊は中国側からもたくさん登っています。

Q.ヘリコプターで山頂に立てますか?
A.山頂でヘリコプターがホバーリングした記録はありますが、人が乗降した記録はありません。8千メートルのサウスコルでレスキューに成功した例はありますが、一般的にはC2(6500m)までが限界です。 近年アイスフォール通過のリスクを避けてC2からヘリコプターで下山する登山者が増えてきました。急激に高度を上げると高山病になるので、往路は時間をかけて高所馴化をしながら ゆっくり登っていきます。高度馴化出来ていない人が往路ベースキャンプまでヘリで入ってエベレストに登ることは不可能です。

Q.ヘリコプターでの下山はどう考えればよいのでしょうか?
A.ヨーロッパアルプスでは、レスキューもチャーターも携帯電話一本 十数分でヘリが飛んで来てくれます。困難な壁を登って記録を作ったあと、ヘリコプターで下山することも度々です。それくらいヘリコプターの利用が普及していますが、一般の登山者にとってはその騒々しさは迷惑な話でもあります。 世界最高レベルの登山のみに与えられるフランスの山岳賞「ピオレドール」ですが、ヨーロッパアルプスではヘリの要請があまりに容易で登山のリスクが 他の山域と比べフェアではないという理由で除外されました。高性能なヘリコプターの登場で8千メートルまで人を運ぶことも不可能ではなくなりました。ヒマラヤ登山もアルプス化しているといえるのかもしれません。 登頂後下山中に亡くなった「登頂者」も何人もいることを考えると、記録やタイトルを意識する登山では山頂までの行動のみが評価の判断になって しまっています。「登山家」はベースキャンプまで自力で戻って自分の登山を完成させます。

Q.酸素ボンベの重量は?どのくらいもちますか?
A.一般に軽量のロシア製4リットルボンベ300気圧(1200リットル)を使用します。毎分3リットル出して6時間もちます。重量はボンベ、マスク、レギュレター含めて5kg程度。一般にC3かサウスコルあたりから使用します。サウスコルから最終アタック時には2〜3本使用します。夜、睡眠時にも少量使用します。

Q.多くの登山者がエベレストに登ると自然環境に悪影響がでませんか?
A.エベレストのゴミは一時期大きな問題になっていました 。田部井淳子さん達が組織するHAT−J(ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト)他世界中の環境ボランティア活動の成果でネパール・ナムチェバザールにSPCC(サガルマータ・ポリューション・コントロール ・コミッティー)というNGOが出来ました。登山者から環境賦課金を徴収して、ゴミや屎尿を大規模に運び下ろしています。またその資金を利用して、最も事故の多いアイスフォール帯にアルミ梯子や固定ロープを設置したりメインテナンスをする「アイスフォール・ドクター」と呼ばれるシェルパガイドを派遣しています。 登山者から徴収する収入は年間1千万円以上にもなりますが、地元民の雇用にも役立っています。

Q.エベレストは登山家でなければ登れないのですか? そもそも登山家とは?
A.
誰もが登れるとははいいませんが、一般の登山愛好者がたくさん登頂に成功しています。○○家とは一般にその道を究めてそれを職業にしている人を指すと思いますが、登山をスポーツと捉えた場合、 卓越した登山技術を持つアマチュアの登山愛好者を「登山家」と呼んだ経緯があります。プロの有名人では、竹内洋岳氏「プロ登山家」、野口健氏「アルピニスト」、三浦雄一郎氏「プロスキーヤー、冒険家」 、石川直樹氏「探検家、写真家」とあえて違えて呼んでいます。登山ガイドは職業ですがプライベートでは困難な登山を試みている人が多く優秀な「登山家」 が数多くいます。19世紀後半、英国人がヨーロッパアルプスで「アルピニズム」という思想(哲学)を生み出しました。金銭目的ではない登山愛好者がヨーロッパアルプスの山々を初登頂、新ルートの開拓を試みる、そのクライマー達を「登山家」と呼びました。日本では、槍穂高、剱岳、谷川岳等の困難な岩場に新しいルート(ライン)を開拓 したり、海外の未踏の山、未踏ルート、バリエーションルートを登攀する登山を「パイオニアワーク」と呼んだ時期もありました。 現在では、プロ、アマチュアに限らず、卓越した登山技術を持った人が初登頂や初登攀、テクニカルルートを試みる等、パイオニアワークを実践するクライマーのみを「登山家」と呼びます。

Q.エベレスト登山において最高齢登頂や最年少登頂ってどんな意味がありますか?
A.三浦雄一郎氏の80才での登頂は、世界中の誰もが賞賛、評価する理屈抜きにすばらしい記録です。エベレストが1953年に初登頂されて以降は、より困難なルートから登頂を試みる「鉄の時代」が始まり、主なルートが登り尽くされてからは、無酸素登頂、アルパインスタイル、厳冬期登頂等、より困難な方法でエベレストの頂を試みることが繰り返されてきました。さらに最短時間登頂 、最年少登頂、最高齢登頂、海抜ゼロメートルからの登頂、山頂からのスキー・ボード滑降、パラグライダーによるフライト等々、度々メディアで報じられることがありますが、アルピニズムの本質とは少々違った方向性の登山ではあります。しかしながらそれはエベレストが世界最高峰であるがゆえの現象で、今後も様々な「タイトル」獲得がエベレストで展開されていくものと思われます。

Q.エベレスト の無酸素登頂ってたいへんなことですか?
A.正確には「酸素機器を用いない登山」をいいます。山頂の気圧は300hPa。地上が1013hPaなので約1/3の酸素量しかありません。酸素濃度は下界でも山頂でも20.95%でかわりありません。無酸素でエベレストを登頂した人は2010年現在142人。うち日本人 は6人です。一般に「登山家」が酸素を使用する登山は8463mのマカルー以上です。長い間医学会では理論上 エベレストは無酸素で登れないと言われてきました。1978年ライホルトメスナーとペーターハーベラーが無酸素登頂に成功して世界中を驚かせました。 まさに「パイオニアワーク」といえます。その後多くの登山家が「自分の心臓と肺だけで」エベレストを目指しましたが、遭難事故が多発し、近年は混雑する環境を嫌がってか無酸素登山に挑戦する登山家は減りました。日本人では1983年に2つの登山パーティーが初の無酸素登頂を競うかのように挑戦し、5人が登頂に成功しましたがうち2人が帰路 急性高山病が原因で遭難してしまいました。8千メートルを越える超高所は、訓練によってある程度は高度馴化を獲得出来ますが、 当時の最強クライマーでも遭難してしまうというエベレストの高度は人間の能力を超えた環境にあるといえます。またすでに遺伝子レベルで優劣が決まっているという高所医学のレポートもあります。

Q.高山病の症状とは?そのトレーニング、治療は?
A.一番最初に出る症状は頭痛でしょう。低酸素状態により脳を始め様々な臓器に様々な症状が起こります。 初めてだとかつて経験のない辛さでもありますのでとても不安になります。これを克服するには富士山以上の高度で経験やトレーニングを積むしか方法がありません。都会の低酸素 トレーニング室である程度は体験、高度馴化はできますが、8千メートルを超える登山では現場でトレーニングを積んで高度馴化を獲得するしかなく早道はありません。
高山病の症状は以下のようなものです。
1)急性高山病: 高所でさらに新しい高度に到達した際に起こる症状。頭痛、消化器症状(食欲不振、嘔気、嘔吐)、倦怠感または虚脱感、めまいまたはもうろう感、睡眠障害。
2)高地脳浮腫: 重症化した急性高山病の最終段階。精神状態の変化や運動失調がおきます。
3)高地肺水腫: 安静時呼吸困難、咳、虚脱感または運動能力低下、胸部圧迫感または充満感など。一肺野でのラ音または笛声音、中心性チアノーゼ、頻呼吸、頻脈など。
治療薬として軽度であればダイアモックスの服用が有効です。脳の呼吸中枢を刺激して酸素を取り込む能力を上げます。利尿効果が高い薬なので脱水に充分気をつけます。高地脳浮腫などが重傷化すると死亡するまで時間はかかりません。医師が同行していればデキサメサゾン等のステロイド剤を使用します。 酸素を携帯することは重要ですが実際の山中で長時間の使用は難しく、携帯型プレッシャー・チャンバー(ガモフバッグ、PAC等)の使用が有効です。また、高所登山者のほとんどがパルスオキシメータを使用しています。高度が上がると酸素と結びついたヘモグロビンが減り、SpO2(酸素飽和度)の値が低下します。個人差や高度の上げ方で大きく変化しますが、数値の変化を知ることで高度馴化の獲得度がわかり、高山病予防のチェックにたいへん有効な医療器機です。高所、低温状態でも使用出来る器機はかなり限られます。

Q.セブンサミッツとは?
A.キリマンジャロ(アプリカ)、アコンカグア(南米)、カールステンツ(オセアニア)、エルブルズ(ヨーロッパ)、マッキンリー(北米)、ビンソンマッシフ (南極)、エベレスト(アジア)の「7つの最高峰」です。7大陸の最高峰 と言う場合は、カールステンツがオーストラリア大陸最高峰のコジウスコになります。テキサスの大富豪「デック・バス」が1985年に達成し、著書「
Seven Summits」で紹介したことから目標とする登山愛好者が増えてきました。エベレストを最終目標に置く場合、トレーニング山行という意味でも人気があります。高度な登山技術は不要で、一般の登山愛好者が少しがんばれば全山登頂を目標にできるレベルです。実際の困難性(登頂率の低さ)は、キリマンジャロ<エルブルズ<カールステンツ<ビンソンマッシフ<アコンカグア<エベレスト<マッキンリーの順。

2013年6月13日更新